2010年07月29日
肥田式強健術真伝 038
もう一例は戦前の話で、東京在のご親戚が私立学校設立を図るも事業に失敗し、高利貸しから借りた借金の整理が上手くいかずに、先生に泣き付いてきました。この親戚は事前に、世間に人望がある肥田先生を理事にし、人集めを目論んで就任を頼みにきています。しかしその話を聞いて「人が集まらず私立学校は上手くいかない、財産を失うだけだから止めるように」と諭します。しかしこの親戚は忠告に耳を貸さないばかりか、そのことを恨んで、陰で先生の悪口をさんざん言います。ところが予言の通り失敗し、財産を失い、さらに高利の借金までして一家心中というギリギリの状態に追い込まれてしまいます。
この借金地獄の完全解決を図るために、肥田先生が裂帛の気合一喝でご親戚を助けた話です。
高利貸しからの借金返済のため親戚の代理人として乗り込んだ肥田先生を、高利貸しが雇ったヤクザ連が目も鋭く威嚇的に取り囲み、返済を強引に迫ります。その緊迫した状況の中、肥田先生はヤクザの威嚇的物言いを平然と聞き流しておりましたが、頃合いを見て持参してきた借りた金額が正確に記帳してある帳簿をヤクザの目の前にポンと投げ出します。あまりにもぞんざいに卓上に放り投げたため、帳簿を手にしたヤクザはムッとして「こんなものは何の役にも立たん」と、手にした帳簿を先生の胸元に突き返します。先生は瞬息にグッ!と腰腹同量姿勢を極め、「こんなものとは何だ!」と集約拳で卓上を叩き、裂帛の気合で一喝します。
瞬間、それまで目を怒らせ餓狼の如く吠えまくって威勢が良かったヤクザ連の腰が砕け、雰囲気がガラリと変化します。それからは借りてきた猫よりも大人しく、小さくなってしまいます。やくざ連は肥田先生に向かって平身し、「あっし共は詳しい事情も分からないものですから・・・」と、それまでの態度から想像も出来ないほど小声で弁解します。
その気合一喝以来、ヤクザ連はすっかり先生に懐き、自分たちから進んで肥田先生の言うことを聞くようになり、借金の問題はすっかり解決してしまいました。
肥田先生の裂帛の気合の話を三例ほど書きましたが、他にも念力や透視、予知などの摩訶不思議能力についても、肥田先生には多くの逸話が残されています。それらにつきましては、文章の中で追々ご紹介させて頂きます。
2010年07月26日
肥田式強健術真伝 037
さて、ここで言う「中心力」とは、腰腹同量正中心の鍛錬で形成される腰と腹との筋肉群を同量に強靱に発達させ、その強力な腰腹筋力から生み出される反動を活用して活動力にした、この鍛錬独特であり、自然に随順な力の生み出し方で、極めて柔軟性に富んだ力の生み出し方のことです。
肥田先生が凶悪の暴漢に対峙し、裂帛の気合一喝で腰を抜かせて大人しくさせたことや、常識では解決不能の難問をあっという間に解消してしまったことは、知られているだけでも十数度あります。本格的な鍛錬で練り込む裂帛の気合の威力を知る参考にもなりますので、もう二例ほど書かせて頂きましょう。
昭和に入り、急速に全国に拡張して著しい勢いを見せていた新興宗教の教祖があまりにも世間を舐めた言動をしているのを見かね、肥田先生が教祖宛に公開質問状を送付したところ、教団側から名誉毀損で訴えられました。
その出頭日に裁判所に入りますと、すでに正面に裁判官が座り、傍聴席にも教団の人間がいっぱいで、入口に立つ先生に対し敵意の視線を送っています。裁判席の横には弁護士を従えた教祖がふんぞり返って座っています。開廷時間に合わせ歩調も緩めずにつかつかと証言台に入った先生は、ニヤニヤ薄ら笑いをしている教祖に視線を向け、グッと腰腹同量姿勢を極めます。瞬息、先生の口から「エイッ!」と教祖に向けて裂帛の気合が発せられました。
その瞬間、裂帛の気合を浴びた教祖と弁護士は白目をむいて椅子から転げ落ちて気絶してしまいます。裁判官も茫然自失状態で、ざわついていた法廷の時間が停止したかのように厳粛になります。しばらくして、呆然自失状態だった裁判官が正気に戻り、権威を取り戻します。裁判官は法廷内を眺め、床で気絶している教祖にジッと目を据え、しばらくして正面に向き直ると肥田先生に目をやり、槌を鳴らして「名誉毀損は却下」の宣言をします。
2010年07月22日
肥田式強健術真伝 036
尚、余談でありますが「中心力護身法」の裏の型は、型として体系化してはおりません。
戦前、肥田先生に心酔して押しかけ弟子をしていた平田内蔵吉という京都府立医科大の研究者、熱針という独自の治療法を開発して東京四谷で施術していた医学者が、肥田式を「国民体育」として解説した本で「突撃の型」、「防御の型」の二法を表し、それを肥田先生自ら実演しておられます。
私は武道の経験も長いので護身法の二法の集約拳型に興味があり、二代目の通夫先生にお聞きしたところ、「集約拳での打突は手加減しないと大けがや、時には死に繋がることもあり、危険なので護身型から外した」と春充先生が話されていたとのことでした。さらに話を続けられて、春充先生の教えでは「中心力護身法」と「中心力抜刀術」を併せて学ぶのが護身体得の早道ということでした。その話を伺って「なるほど!」と、しごく納得した覚えがあります。
ところで「中心力護身法」と共に伝承している武道的な応用型の「中心力抜刀術」は、三尺前後の長刀を裂帛の気合で跳躍、前転、旋転、踏み込み、退行などなどの激しく素早い動作を、腰と腹との力を併せ持って、瞬息ですっぱ抜く型です。この型は肥田式全型の中でもっとも荒々しく、武張った動作で構成されています。
剣術や居合いで使用する刀は二尺四寸から六寸ですが、それが三尺前後の長さというのですから、長くて重い刀の取り扱いには相当の熟練が必用です。とてもではありませんが、体格や筋力だけでは円滑な扱はできません。この型は実技の「気合応用型」を十分に鍛錬してから学びます。
2010年07月21日
静岡 「肥田式同好会」
静岡近隣の仲間が集まり「静岡 肥田式同好会」として活動していくことになりました・・・と、静岡の気合人 海野さんより講座開設のお知らせです。
開催日:2010年7月26日(月) 19:00〜
※ まずは月一回のペースで開催していく予定です。
会 場:静岡市 健康文化交流館「来・て・こ」
静岡県静岡市駿河区小鹿2-25-45
主催者:海野嵩勝 メールはこちらへ
2010年07月19日
肥田式強健術真伝 035
「肥田先生の気合をさらに二例ご紹介します」
肥田先生の父上は、医学修行で全国に名医を求めて遊学しておりましたが、医学と共に武術にも興味を持ち、遊学の途中に地元の武術家の評判を聞いて立ち寄ってもいます。
肥田先生の祖父は長州の寺侍でしたが、武術道楽で、忍術をはじめ武芸十八般を体得した名人だったとの記録があります。あまりの武術狂いで家産が傾いてしまい、肥田先生の父上は家の貧しさを見かね元服前にもかかわらず医学を志し、勤勉さと聡明さを藩医に認められて特別に教えを受け医師になったという経緯があります。幼少時から医学と武術で鍛えているだけに、他の武術に関しても一通りの教養と正邪を見抜く眼力があり、医学修行の傍ら武術達人の話を耳にすると訪ね、親交を結ぶに至るわけです。
肥田先生は医学と武術に造詣が深い父君から「本当に強い人は腹に力がある人、気合が出来る人」であることを幼少時から教えられます。先生の著作第二作目が「腹力体育法」(大正元年刊行)ですが、処女出版である「実験簡易強健術」(明治四十四年刊行)の表紙にもわざわざ目立つように赤枠で「気合術基礎」と記してあります。この鍛錬の基盤にあるのが「腹力」であり、「気合」であることが理解できると思います。
後年、肥田先生が心身改造法を志した時に、ただ健康を目的とするのではなく、歴史に表れる英雄や豪傑のような太っ腹で強壮な心身を創り上げることを目指して「強健術」と命名しました。また、2.26事件阻止後の襲撃の数々を振り返り「中心力護身法」を創り上げ、気合を持って不意の暴力から身を守る、護身を目的とした鍛錬体系を組み上げます。
この「中心力護身法」は一般に見られる武道型と異なり、力学での合理的な力の使い方で護身体系を組み上げてあります。この護身法は様々な状況を切り抜ける基本の手捌き体捌きの型としての表の動作と、伝統の武術で当て身という集約拳で急所を攻める裏の型とで構成されています。



