2010年04月24日

2010年 『春期合宿』のご案内

 
2010年度 「春期合宿」



 開催日 : 2010年4月24日(土)〜25日(日)
 開催地 : 静岡県伊東市八幡野
 費 用 : 25,000円(会員)/30,000円(一般)
        30名限定
        受講料、宿泊費、3食込

 4月26日 第二部(延長稽古):15,000円
        10名限定
        受講料、宿泊費、2食込


 
2010年「春期合宿」へのお誘い


 肥田春充先生が創始された「聖中心道肥田式強健術」は、「武道の精華たる気合で腰腹同量正中心の鍛錬を行う」のが真伝です。
 真伝に基づいて学ばなければどうなるのか?は、しごく明瞭な姿として表れます。効果が表れないということです。
 肥田式強健術は「筋肉の発達」、「内蔵の壮健」、「皮膚の強靱」、「気力の充実」、「動作の敏活」、「姿勢の調和」、「体格の均整」、「精神の平静」の八大要件体得を目的として取り組みます。それが身体に、言動に、仕事に体現できるか!どうか?ということです。
 学ぶ目的を曖昧にせずに学ぶことは、学びの過程で紆余曲折しても、熱意に応じた地点に必ず到達を見ます。とにかく肥田式強健術の目的はいたって明瞭で、八大要件の体現そのことだけに学ぶのだということを自覚しましょう。
個人的なレベルの健康向上とか、高揚感とかを口にする学び人も多くおります。しかし、少なくとも真伝の強健術では、八大要件がどれだけ体現できているのか?を客観的な目で観察し、さらに新たなチャレンジへと繋げるだけの効果は現せるのです。
鍛錬の評価は、実は世間が決めることであり、低いレベルの道場という仲間内だけで評価しあって決めるのではないということです。

 さて、肥田式強健術は八大要件を体現する方法として「呼吸操練法」「簡易強健術」「気合運動法」「椅子運動法」の四型を一体として学びます。それぞれの型に学ぶ目的があるからです。四型の学びを八大要件の効果体現から見ても、それぞれの型に効果の一端が当てはまります。
「呼吸操練法」は内蔵の壮健と皮膚の強靱の効果が早々に体現します。「簡易強健術」は姿勢の調和、体格の均整に顕著な効果を示します。「気合応用型」は気力の充実と動作の敏活、それに精神の平静を自得するのに優れています。また武道の精華たる気合習得に「気合応用型」は核となる鍛錬です。「椅子運動型」は八大要件の補助として効果があります。特に足腰が弱った高齢者にはお勧めの型です。
 八大要件の獲得はエイジングコントロールや健脳にも顕著な効果をもたらしますが、四型を学び、それに等しく習熟してこそ体現できるのです。また、四型を等しく学ぶことで、肥田式強健術という鍛錬の実相が見えてもまいります。
 四型を共に学び鍛錬できることは、八大要件体現には欠かせないのであることを知るべきです。

 私が直接指導する「合宿」は、早朝から夜まで稽古一色です。武道の精華たる気合で腰腹同量正中心の鍛錬を行う!、ただただその体得だけに時間を集中します。
 気合鍛錬という方法も、四型を同時に学べるのも、時間は鍛錬のためにある!という、雰囲気の合宿だけであります。
 私が指導する合宿では、人任せにせず、すべて自ら演じ範を示し、ユックリとあるいは瞬息で、加速的に指導していきます。真剣に真伝の肥田式強健術を学びたいのであれば、肥田式強健術の故郷である伊豆八幡野合宿に参加されることが出発であり、進歩をみせるのです。
 合宿においては、普段は学べない鍛錬上達に必須な「生理」、「解剖」、「力学」などの理論面も指導します。
 特に今回の春合宿では、21世紀の知的社会を堂々と闊歩するための学びである『根本的健脳法』にスポットを当て、質疑応答をいたします。内容としては、老若男女に広がりつつあるうつの治療や学習能力増進などなど脳関連の問題にテーマを絞り、参加者一同が実社会で使える健脳法をお話しさせていただきます。

 BAB出版から出版した「聖中心道肥田式強健術」ビデオ・DVDは、初心者向けの内容です。実際の気合鍛錬での四型は瞬息で学びます。随所に加速が生じた、豪快で素早い動作で型を鍛錬します。
 しかし初心の内は映像の如くユックリと学び、型を構成する姿勢・呼吸・動作の三要諦を体得してまいります。そして型の流れを意識しなくても、考えなくても型ができるようになったら「気合」を学び、気合を深めながら腰腹同量正中心の鍛錬に入門します。
八大要件体現は気合による鍛錬レベルから体感されてまいります。型を普通の呼吸の速度で繰り返しているレベルでは、自己満足以上の効果は現れないことを知りましょう。肥田先生の著作では、鍛錬に関するどの著作でも例外なく「この鍛錬の命は気合である!」と明記されていることを銘記しましょう。
 
「型に威力無し、されど型は厳格に、しかし型は枝葉である」を理解することが、八大要件体現の鍛錬に入門するキーワードであることを知りましょう。
 2010年 春期合宿は誠に充実した、かつ楽しみな内容で進めてまいる所存であります。

2010年 春期合宿に寄せて 佐々木了雲


お申し込み、お問い合わせは事務局まで



spb-0034 at 01:00|Permalinkこの記事をクリップ!事務局通信 

2010年03月08日

大阪支部鍛錬記 2月

 
「非等時性の呼吸」について


 2月号の「活生」の中で、佐々木先生が呼吸について物理用語の等時性、非等時性を使って説明されていました。
 先生の承諾を得て一部抜粋させていただくと、「呼吸法で申しますと、息を吸ったり吐いたりする時に胸部と腹部が同時に動くのが当時性、これは非常に短い呼吸です。それに対して、非等時性の時は息を吸うときに胸が開く、腹が動く、背中が動く、腰が動くというように、呼吸に関与する筋肉がバラバラに動けば動くほどたくさん息が吸え、吐くことができます。呼吸のコントロールとは、非当時性を学ぶということです。吐く場合にも呼吸筋が徐々に動くほうが息を長く吐くことができるのです。非当時性を理解することが呼吸法です」とのことです。

 この一文を拝見させていただいて、やっと自分の間違いに気がつきました。
 肥田式を始める前、「優れた呼吸は音をたてず、長く吐くことができるのがよい呼吸である」と聞いたことがあります。このような呼吸は、つまり物理用語で言う非等時性の呼吸ということになります。ただ単に「音をたてずに長く吐く」と説明を受けるよりも、非等性の呼吸というように物理用語を使い、呼吸筋の動きからの説明を聞いたほうがはるかに理解度は進むと思います。
 このような科学的な説明ができるということが、生理、解剖、力学にのっとった肥田式強健術の、他の鍛錬法にはない優れた点であり、さらに、その肥田式強健術を科学的に研究されている佐々木先生の偉大さであると思いました。

 この説明から、私は自分の鍛錬の問題点を発見することができました。
 それは、恥ずかしながら、肥田式を始めてから3年間、等時性の呼吸を良いものと考えてきたことでした。佐々木先生に「お前さんの鍛錬は雑だよ」と頻繁にご指摘をいただいていたのですが、その意味が今までわかりませんでした。今回の佐々木先生の記述を拝見して、少し理解することができたと思っております。
 私は今までこの対談の聞き手の方と同じように、「呼吸はできるだけ腹の奥まで、大量に息を吸いこむ、そのためには一度に胸も腹も大きく広げるものだ」と思っておりました。しかし、佐々木先生が私におっしゃられていた雑だという意味は非等時性の呼吸をしていない、つまり「呼吸筋の一つ一つを丁寧に順番に意識して動かしていない」ことだったのではないでしょうか。
 そして、やっと「呼吸操練」の重要性がわかってきたような気がします。また、なぜ「呼吸操練」は仰臥姿勢で行うのかも、理解できるようになった気がします。
 それは、簡易強健や気合応用のような立式であり動きが入る鍛錬よりも、仰臥姿勢のほうが、より呼吸筋の動きに意識を集中しやすいからではないでしょうか。そして、一見、面倒だと思えていた呼吸の順番の決まり、まず呼気をしてから吸気を行うとか、腹胸式呼吸の一つ一つの手順などの必要性も、少しづつ理解できるようになった気がしています。

 「気合」という爆発的な呼吸を手にいれるためには、まず丁寧に呼吸筋の動きを観察しながら繊細な呼吸を行うこと、つまり非等性の呼吸ができなければ気合には到達できないと考えるようになりました。このため、この非等性の呼吸を今後の課題として鍛錬に取り組んでいこうと思っています。

 最後に、大阪支部の終了に伴って、3月より名古屋支部にお世話になろうと思っております。佐々木先生、名古屋支部のみなさん、不束者ですが、よろしくお願いいたします。


2010年3月7日 大阪支部 田代陽一



spb-0034 at 13:09|Permalinkこの記事をクリップ!丹田研究所 『大阪支部』 

2010年03月05日

肥田式強健術真伝 010

 
心身改造と潜在力を開花させる「肥田式強健術真伝」


「気合」の迸る所 鉄壁を貫く

 なぜ「気合」にこのような威力があるのかを知るためにも、春充先生の著書から気合に関する項目を抜き出し、現代語に訳して紹介させていただきます。それにより、春充先生が気合をどれほど重要視しておられたか、どのように考えて鍛錬されておられたかが理解いただけると思い紹介させていただく次第です。

 強健術練修法は、筋肉の発達、内蔵の壮健、皮膚の強靱、気力の充実、動作の敏活、体格の均整、姿勢の調和、精神の平静の大目的を具備しているのであるが、さらに根本の通則として、日本武道の精髄たる「気合」を以て終始せねばならぬのである。これ実に私の修練法の生命であり、かつ最大特長として、先輩諸氏がことに推奨されたところのものである。もしこの最重要の特点を閑却されたならば、龍を画いて瞳を点ずることを忘れたのと同様である。
 「気合」は玄妙不可思議の力である。天地万物の力の根源である。事物発動の妙力である。人にあっては、内に充実して、外に発せしむとする精力である。全精神を気海丹田に潜めた刹那の態度である。この刹那、これ動の極致である。有の最高潮である。
 けれども、それはまた一面無である。零である。虚無の大気魄大精霊が丹田に活躍して宇宙の心と契合するもの、これすなわち「気合」である。
 這個の妙諦如何にかして説かん。人間の言葉あり。いわく仙術、いわく禅味、いわく浩然の気。いわく涅槃正覚。いわく精霊、いわく虚無恬淡。いわく絶対の妙境。いわく天上月出で寒潭魚躍ると。
 かくして「気合」は終に不可解の謎にするのであろうか。
 否!否!!然らず!!!
 鍛冶屋の槌の一上一下にも、理髪師がハサミの虚実の中にも「気合」はある。
 機先を制して人を服せしむのも、端的に発して意外の効をおさめるのも「気合」の力である。虎の躍らんとする、鷹の飛ばんとする、そこに「気合」は生ずる。窮鼠却って猫を咬むのは、そこに「気合」が充ちてくるからである。
 分かり易く言うと、腰を据えて気海丹田に力を込めることである。生理上から平易に言うと、「腰と腹との力」ということになる。もっと解剖的にいえば「腹直筋の緊張」及び「椎骨と仙骨との接合点の反折」である。即ち、横隔膜の操練によって腹部諸機関に働かせ、下腹筋肉を緊張させ、腰を落として臍下一寸三分の処に自らの力が這入るようにするのである。
 これだけでは未だ「気合」の全体ではない。けれどもその最大条件であり、またその根底となるものである。これを体育上に応用しきたった場合、私はあくまでも科学的に「中心力」の三文字をもって足れりとするのである。
 この「気合」すなわち中心力発動の修練は、無我無心にとなって種々の思想や観念を排し、妄想邪念は起こるにまかせて水のごとくに流し、腰と腹とには等分の力を入れねばならぬ。しかし、一寸の余裕もなく始終極度の力を入れることは困難で、かつほとんど不可能な事である。強いてやれば、いたずらに疲労させるばかりであって、身体エネルギーの大不経済である。
 この最も有力な方法としては、運動を閃電的に遣ってのけるがごとく、この中心にも亦閃電的に、最大緊張を与えて、十分遺憾なく鍛錬すればよい。
 「気合」はこれ武術の精華、健康の極致、無念無想の妙諦、心頭滅却の奥義、一切衛生の根本、新元気迸出の源泉、病魔退散の熱火・・・しかして処世の一大秘訣である。
 中心の「気合」をもって運動をやる。これ実に私の練修法の生命である。またその一大特長である。欧米の運動法は生理や解剖の学を基礎としてはいるが、この丹田に気肝を練るの妙に至っては全く欠けている。私の運動法は、これをもって最大根本の問題としているのであるから、いたずらに型や技のみを採ってこれを閑却する人があったならば、私の練修法はその効果を半に減ずるであろう。
 私の運動法で運動回数を少なくすることが出来たのも、速度を利用することが出来たのも、僅少の時間しか要しないのも、皆なこの「気合」、すなわち『中心力』のためである。
 昔、秦の始皇帝は不老長寿の霊薬を東海に求めさせたが、何ぞ知らんや。それは自分の腹にあったのだ。強健無病安心立命の秘薬は、人々が皆んな腹の中に持っている。そしてそれを掴み出す法は「中心の鍛錬」、言い換えれば「気合をもって腹と腰とを鍛える」、唯それだけである。
 古人既に言う。「生を養い、長寿を保つの要、形を練るに如かず。形を練るの要、神気をして、丹田気海の間に凝らしむるにあり」と。

 春充先生は禅史上でも希と言われる境涯の大悟徹底まで到達された力の源泉である気合の真実を、自らの体験から説明されています。

spb-0034 at 01:00|Permalinkこの記事をクリップ!肥田式強健術真伝 

2010年03月02日

肥田式強健術真伝 009

 
心身改造と潜在力を開花させる「肥田式強健術真伝」


 さて、二二六事件前年の決起阻止の続きです。
 その歴史の闇に葬られた事実は、当時の宮家や軍部と深く関わりのあった行動的思想家の要請により、軍主導のクーデター決起中止の説得を春充先生が受け入れたことから始まります。
 クーデター決起前、全国から将校連と右翼が決起打ち合わせの集会を東京某所で持ちます。その場にいた尊き辺りと軍首脳から決起中止を内々に要請されていた思想家、そして内務省高級官僚、それに陸軍高級将校は、共に協力して決起将校の中心人物連に中止の説得を試みます。ところが頑として聞き入れようとしません。
 思想家は「今のままの説得ではダメだ」と、住まいの伊豆八幡野から上京しておられた春充先生に電話を入れ、決起将校が集合している場所まで来て説得の助成をと懇願し、承諾を得られると車を回します。

 春充先生は決起の中心となる将校連の正面にドカッと腰腹を極めて座り、姿勢を正して一命を賭しての説得を始めます。日本を取り巻く世界の情勢などを話して決起将校連に説得を試みるも、将校連は首を左右に振ってまったく聞き入れないばかりか、長時間の説得に業を煮やした将校の一人が立ち上がり、仁王立ちになって腰の軍刀に手をかけ、「先ず貴様から血祭りにしてやる」と叫びながら軍刀を鞘走らせます。
 春充先生はその瞬間、腰腹同量姿勢を極め「バカ者!」と周囲を震撼させる裂帛の気合の一喝を放ちます。
 その裂帛の気合を受けた将校はガクンと腰が抜け、膝を折ってストンと床にへたり込んでしまいます。
 春充先生は腰腹を極めた姿勢のままで悠然と立ち上がり、周囲に居並ぶ将校連を見渡して、改めて決起の際の中心的役割を担う将校連に向き直ります。そして「大御心を何と心得る」と気迫を込めた腹力での一声を放ち、再度の説得を試みます。
 春充先生の裂帛の気合一喝で、殺気立っていた部屋の雰囲気がガラリと変わります。命懸けの決起で興奮していた将校連の狂気がすっかり白け、決起を数日後に控えて頭に血を上らせていた将校連は気勢を削がれて、自己陶酔が急激に冷めてしまいます。そして内外情勢と賢所の真意を認識し、決起中止を約束させられます。
 民間からの反乱決起の同志として会場に居合わせた有名大物右翼は、説得の後に集会場から帰る春充先生をわざわざ玄関まで見送りますが、その時に大物右翼が玄関に屈み靴の紐を結ぶ先生の後ろ姿を見ながら「全身これ肝だな〜」と感嘆しきりだったとの逸話があります。

 この歴史の闇に葬られた二二六事件前年の反乱事件中止の件には後日談があります。
 春充先生の裂帛の気合で決起中止に追い込まれた将校連の内、恨みに思う者が右翼がらみの刺客を雇ってつけ狙い、二十回に及んで春充先生を襲撃しました。春充先生が道を歩いていると不意に短刀で後ろから突かれる、ある時には突然に日本刀で斬りかかられる、またある時には多人数で、ある時には至近距離からピストルで撃たれ銃弾が耳の側近くをかすったなどもありました。その二十回に及ぶ襲撃のいずれをも予知能力で察知し、ある時には気合一喝で襲撃者の腰を砕けさせるなどでかわしています。またある日は知人と共に歩いている時、物陰から不意を突いて凶器を持つ数人に襲われますが、まったく意識しない間にフワリフワリと身体がかわしてしまい、終わってみればかすり傷一つ負わないままで、いつの間にか襲撃者が倒れ臥していたなどがありました。

spb-0034 at 01:00|Permalinkこの記事をクリップ!肥田式強健術真伝 

2010年02月27日

肥田式強健術真伝 008

 
心身改造と潜在力を開花させる「肥田式強健術真伝」


 「聖中心道肥田式強健術」創始者の肥田春充先生は、自らが創始された武道の精華たる気合で腰腹同量正中心の鍛錬を日々熱烈に実践し、人の内に存在する能力の一切を余すことなく開発されました。
 春充先生の鍛錬に「気合」というものが無かったら、生涯に渡って努力したとしても獲得した力は健康な心身に毛が生えた程度であり、「強健」というレベルにすら到達できなかっただろうと推察されます。
 春充先生は心身を丸ごと改造した証明たる堂々たる体格と、人知を超えた驚くべき能力を獲得しながら、歴史の表舞台に立つことを選ばれず、生涯に渡って徹底謙虚を貫き、その人間性や人柄は多分に魅力に富んだ方であったことが知られています。
 近頃では死語となっている「快男児」や「豪傑」という名称が最も似合った春充先生は、三大学四学部(政治・法科・経済・文学)を同時に卒業後、召集されて近衛連隊に入営されます。入営後の大正から戦前までの期間が主に活躍された時期ですが、芸術、言論、宗教、政財界、官界、陸海軍人、皇族など、当時の日本の指導層に師とも仰がれておられました。
 当時、高名な方々が先生の大いなる体格や不思議な能力にあこがれて押しかけの弟子入りを申し込んできたなども多くありましたが、その方々は先生の才能や人格のほんの一部に触れたに過ぎません。
 生前の春充先生に鍛錬の指導を四年ほど受けたことがあるという研究者を九州にお訪ねしてお話を伺った時、この方が私に強調された言葉が印象的でした。

 春充先生(昭和31年没)がお亡くなりになって数年後、生前の活動や業績を資料として残すべく、肥田先生にお会いした当時ご健在であった方々に手紙を送るなどして調査され、戻ってきた手紙を整理分類してまとめられました。それによると、肥田先生をして熱烈な国士、天才的体育学者、武道の名人、禅史上でも希な大悟徹底の真人、超能力自在の超人、さらには体格雄大の鉄人等々、生前親交のあった方々はそのどれかを尊称して出版物などに先生の紹介文を書いておられるとありました。

 現在私の手元にある資料を見ても、これらの尊称はいささかの誇張もないと思えます。その尊称の数だけ、多くの逸話が残されていることでも理解できます。
 例えば、歴史に刻まれた昭和11年(1903)、雪の二二六事件は皇道派と言われる若手将校を中心に、1483名の兵を引き連れ決起した事件です。この史実の前年、陸海軍の中で政治に不満を持つ将校が、史実以上の全国的規模で大がかりなクーデターを引き起こすはずであったというのです。実際の二二六事件よりも大規模で、賛同した兵も遙かに多く、しかも首都に限定した決起ではなく全国的な規模だったと伝わっています。このような大がかりな反乱決起を、春充先生は裂帛の気合一喝で決起中止に追い込んでいます。
 この翌年、春充先生の説得に不満をくすぶらせていた一部の視野狭窄症状罹患者とも言える大脳皮質暴走組が、勢いの赴くままに翌年の春先に規模を大幅に縮小しながらも反乱決起を起こすに至ったという経緯です。
 規模を縮小したといっても、二二六事件は太平洋戦争、そして日本が破局へと進むターニングポイントとなりました。歴史にifはありませが、もし春充先生の気合一喝が弱いものであったら、歴史はどうなっていたのだろう?と考える時があります。それにしても、当時の官僚型軍人の典型的な思考であった「軍だけが崇高である」とする、傲慢の見本的輩が率いた戦争は、終戦が原爆投下で終わらずに、さらに民族が滅亡するまで戦い続けたのではないかと、当時の歴史を顧みて空恐ろしくなります。

spb-0034 at 01:00|Permalinkこの記事をクリップ!肥田式強健術真伝 
聖中心道肥田式強健術     免許皆伝者 佐々木了雲


(ささきりょううん)

昭和22年8月生

「丹田研究所」主宰

聖中心道肥田式強健術・天真療法伝承師範。道統二代目継承者肥田通夫先生より唯一人全伝終了を証明する認可状と大看板を1984年に拝受。

最新刊『肥田式強健術』(BAB出版刊)と、基本習得ビデオ/DVD全7巻シリーズ(各45分)を主演にて完成。その他、丹田関連の著作多数あり。奉納・公開演武も全国的に展開している。


講座のお問い合わせ・お申し込みは事務局までお寄せください