真伝 遥かなる気合人の系譜
2006年10月16日
真伝 遥かなる気合人の系譜 94
「日本人の精神性の故郷」
宗教の中で最も荒々しい修行体系を維持していた修験道も、明治以後の政策により、原型を留めないまでに形式化した。現在も各地で行われている修験道と称する行のほとんどは、観光化して山歩きか滝行などの肉体的遊びが主になっている。そのような中で、あまりにも山岳が連なり不便きわまりないために、日本のチベットと言われてきた岩手の霊峰早池峰山に抱かれて、「これぞ修験道」と感嘆する体系が息づいていたのである。
ここはかって20年ほど前までは、早池峰神楽の修行場である「岳」の地までのほとんどが舗装されておらず、雨の日などは下半身泥だらけの参拝者が少数見学されていたのみである。現在では「岳」の下流にダムが造られ、早池峰神楽の観光化に県をあげて力を入れていることももあり、さすがに全面的に舗装されている。それでもあまりの山奥のために見学者は限られていて、祭りとしては侘びているのである。
読者よ! 機会を掴まえて7月31日だけ公開される宵宮への立ち会いをお勧めしたい。
そして山神の依代達の荒振る舞から、周囲へと発せられる神々しいまでの神気を存分に浴び、全身で吸収して、心身をまったく新たに再生されることを願うのである。
ここに修験神楽の現代に継承してきた意義があるのだから。
そしてまた、実はこの実体のない神気こそ、日本の風土に密かに息づく「荒魂・幸魂・奇魂・和魂」なる、日本人の精神性を形成する魂の故郷であるからなのだ。
「真伝 遥かなる気合人の系譜」(終)
明日からは佐々木先生の「新健康に至る路」
を連載します。
宗教の中で最も荒々しい修行体系を維持していた修験道も、明治以後の政策により、原型を留めないまでに形式化した。現在も各地で行われている修験道と称する行のほとんどは、観光化して山歩きか滝行などの肉体的遊びが主になっている。そのような中で、あまりにも山岳が連なり不便きわまりないために、日本のチベットと言われてきた岩手の霊峰早池峰山に抱かれて、「これぞ修験道」と感嘆する体系が息づいていたのである。
ここはかって20年ほど前までは、早池峰神楽の修行場である「岳」の地までのほとんどが舗装されておらず、雨の日などは下半身泥だらけの参拝者が少数見学されていたのみである。現在では「岳」の下流にダムが造られ、早池峰神楽の観光化に県をあげて力を入れていることももあり、さすがに全面的に舗装されている。それでもあまりの山奥のために見学者は限られていて、祭りとしては侘びているのである。
読者よ! 機会を掴まえて7月31日だけ公開される宵宮への立ち会いをお勧めしたい。
そして山神の依代達の荒振る舞から、周囲へと発せられる神々しいまでの神気を存分に浴び、全身で吸収して、心身をまったく新たに再生されることを願うのである。
ここに修験神楽の現代に継承してきた意義があるのだから。
そしてまた、実はこの実体のない神気こそ、日本の風土に密かに息づく「荒魂・幸魂・奇魂・和魂」なる、日本人の精神性を形成する魂の故郷であるからなのだ。
「真伝 遥かなる気合人の系譜」(終)
明日からは佐々木先生の「新健康に至る路」
を連載します。
spb-0034 at 03:45|Permalink
│
2006年10月15日
真伝 遥かなる気合人の系譜 93
そして、その荒々しさと勇壮な舞は、なるほど修験者が激しい行により神がかって創られた神楽だな、と納得がいくのである。早池峰神楽は、飛ぶ、伏す、跳ねる、踏む、旋転して舞う、という妙技と、真剣を縦横無尽に振り回して演じる舞手は、普通の体力や気力では演じきれるモノでなく、日々たゆまぬ真剣な鍛錬を重ね、なお数ヶ月前より潔斎に入り、式の当日に神懸かりの依代として日常を厳格に過ごすのである。
中世の色合いを今に残している早池峰神楽の足跡を知るには、早池峰神社の歴史を紐解くと理解できるので、簡単に由来を記しておきたい。
早池峰神社の開設は平安2年(1300年)との記録がある。これは早池峰山そのものの信仰が、山岳信仰の中でも最も古い歴史をもっているからである。早池峰神楽の歴史そのことも南北朝時代にまで遡るとされていて、約500年以上の伝承を今に残しているのだと言われている。
中世の色合いを今に残している早池峰神楽の足跡を知るには、早池峰神社の歴史を紐解くと理解できるので、簡単に由来を記しておきたい。
早池峰神社の開設は平安2年(1300年)との記録がある。これは早池峰山そのものの信仰が、山岳信仰の中でも最も古い歴史をもっているからである。早池峰神楽の歴史そのことも南北朝時代にまで遡るとされていて、約500年以上の伝承を今に残しているのだと言われている。
spb-0034 at 03:43|Permalink
│
2006年10月14日
真伝 遥かなる気合人の系譜 92
この急な登山道が連なる早池峰山の中腹、清流が滔々と音を立てて流れる渓流沿いに、数軒が行者宿の宿坊として軒を連ねた「岳」という地がある。
そこの「岳」の住人は、代々が修験の一族として、「早池峰神楽」なる修験者が神がかって早池峰の山神がから伝えられた神楽と、中世そのままの修行体系である「潔斎」を併せ持って、現代に受け継いでいるのである。この早池峰神楽は今でも観光化されていないが、年に1回開催される早池峰神社大祭に、一日だけの宵宮が一般にも公開されている。実際に観る修験神楽は、それはそれはマグマ上昇の噴火の前の地鳴りに似た空気がびりびりと微震動をおこし、人だけでなく鬱蒼とした大木のご神木までもが共振をおこして、枝葉を揺らして感応するところの重厚な迫力があり、しばし観る者をして息を飲ませ、鳥肌を立たせるだけの激しい拍子で演じられる。
そこの「岳」の住人は、代々が修験の一族として、「早池峰神楽」なる修験者が神がかって早池峰の山神がから伝えられた神楽と、中世そのままの修行体系である「潔斎」を併せ持って、現代に受け継いでいるのである。この早池峰神楽は今でも観光化されていないが、年に1回開催される早池峰神社大祭に、一日だけの宵宮が一般にも公開されている。実際に観る修験神楽は、それはそれはマグマ上昇の噴火の前の地鳴りに似た空気がびりびりと微震動をおこし、人だけでなく鬱蒼とした大木のご神木までもが共振をおこして、枝葉を揺らして感応するところの重厚な迫力があり、しばし観る者をして息を飲ませ、鳥肌を立たせるだけの激しい拍子で演じられる。
spb-0034 at 03:41|Permalink
│
2006年10月13日
真伝 遥かなる気合人の系譜 91
「今に残る古代修験道の息吹き」
岩手県といえば、日本のチベットと囁かれているほど山岳が連なる地である。
岩手県の花巻では宮沢賢治が有名で、現在は東北新幹線花巻駅横に、賢治記念館が建てられている。その花巻駅から山側に車で約7時間ほど揺られ、行き着いた所に北上山脈の主峰である早池峰山(標高1917メートル)がある。早池峰山は、修験を知る者には東北の聖なる山として悠久の古代から仰ぎ見られてきたのであるが、ここには修験道成立当時の息吹きを色濃く残し、今に継承している神々しい律動の修験神楽がある。
早池峰山は、かなりの難所を幾つか越えて登らなければならない険しい山であり、その急な山頂を登り切った所に早池峰神社が鎮座している。この早池峰山は日本で最も古い地質を有しているが、そのため固有の植物が多く繁殖していることもあって、全身を駆使しての登攀に近い登山をしなければならないのに、愛好者にはなかなかの人気なのである。
岩手県といえば、日本のチベットと囁かれているほど山岳が連なる地である。
岩手県の花巻では宮沢賢治が有名で、現在は東北新幹線花巻駅横に、賢治記念館が建てられている。その花巻駅から山側に車で約7時間ほど揺られ、行き着いた所に北上山脈の主峰である早池峰山(標高1917メートル)がある。早池峰山は、修験を知る者には東北の聖なる山として悠久の古代から仰ぎ見られてきたのであるが、ここには修験道成立当時の息吹きを色濃く残し、今に継承している神々しい律動の修験神楽がある。
早池峰山は、かなりの難所を幾つか越えて登らなければならない険しい山であり、その急な山頂を登り切った所に早池峰神社が鎮座している。この早池峰山は日本で最も古い地質を有しているが、そのため固有の植物が多く繁殖していることもあって、全身を駆使しての登攀に近い登山をしなければならないのに、愛好者にはなかなかの人気なのである。
spb-0034 at 03:40|Permalink
│
2006年10月12日
真伝 遥かなる気合人の系譜 90
頭・頸・胸は楽器の胴にあたる共鳴腔になる。例えば、ギターの胴に物を入れて弦をかき鳴らしても、本来の音は出ないのだ。「気合留め」の気合発声は、声と息とが絡み合い、腰腹の力で押し出されて万物を共鳴・共振させてゆくのであるから、ヘソから上の上半身全体は、老子の語る「空虚」を、気合術では「純虚」をよしとするのである。
神が自らに似せて造られたという「人という万物の霊長」である特長は、自らの意志により「波動や粒子のベクトルを自由にできる」ところにあるのかもしれない、などと思うこの頃である。
まぁ、彼の三国志でも『英雄こうべをめぐらせばすでに神仙』とあるように、である・・・。
神が自らに似せて造られたという「人という万物の霊長」である特長は、自らの意志により「波動や粒子のベクトルを自由にできる」ところにあるのかもしれない、などと思うこの頃である。
まぁ、彼の三国志でも『英雄こうべをめぐらせばすでに神仙』とあるように、である・・・。
spb-0034 at 04:39|Permalink
│
2006年10月11日
真伝 遥かなる気合人の系譜 89
「念ずれば現ず」
気合術の念力は、心・気・力を一点に集中することであるが、人体という小宇宙の中心に位置する大脳に、現じさせる対象や状態をリアルに明瞭に思い描いて、すでに完成した如く振る舞うことで、心身が感応して顕在・潜在能力が発現するのである。
これは古諺に曰く「思えば成るなり、念ずれば花開くなり」である。
気合術という、山岳で練られ体系化された実技の数々をしれば知るほど、ほんとうに緻密に工夫してあるなと、先人の教えに深く感心してしまうのである。
それは、気合一声で鐘を鳴らす時もそうだ。要点だけ述べれば、眉間の上丹田と呼ばれるところに「鳴らす対象を明確に描いて集中し」、雑念を払う。下丹田の「臍下丹田部に体力・気力を込めて」、呼吸筋の中枢である中丹田の「横隔膜をその場での緊張状態」におき、「柔らかく且つ鋭い」気合声を、共鳴の対象にフッと投網を投げかけるように当てるのである。そして気合発声の瞬間は、喉も顔も上半身も緊張させないでリラックスしていないと、共鳴や共振が誘起できる気合は形成できないのである。
気合術の念力は、心・気・力を一点に集中することであるが、人体という小宇宙の中心に位置する大脳に、現じさせる対象や状態をリアルに明瞭に思い描いて、すでに完成した如く振る舞うことで、心身が感応して顕在・潜在能力が発現するのである。
これは古諺に曰く「思えば成るなり、念ずれば花開くなり」である。
気合術という、山岳で練られ体系化された実技の数々をしれば知るほど、ほんとうに緻密に工夫してあるなと、先人の教えに深く感心してしまうのである。
それは、気合一声で鐘を鳴らす時もそうだ。要点だけ述べれば、眉間の上丹田と呼ばれるところに「鳴らす対象を明確に描いて集中し」、雑念を払う。下丹田の「臍下丹田部に体力・気力を込めて」、呼吸筋の中枢である中丹田の「横隔膜をその場での緊張状態」におき、「柔らかく且つ鋭い」気合声を、共鳴の対象にフッと投網を投げかけるように当てるのである。そして気合発声の瞬間は、喉も顔も上半身も緊張させないでリラックスしていないと、共鳴や共振が誘起できる気合は形成できないのである。
spb-0034 at 13:38|Permalink
│
2006年10月10日
真伝 遥かなる気合人の系譜 88
かっての気合人達のほとんどは、昔は気合発声の後の声帯の手入れとして水飴を舐めたが、私は様々な飴や甘味料を試してみて、マイスター磯部手作りの「テラ飴」が喉を速やかに癒して、気管や気管支などの呼吸器全体を健康に誘導すると、多くの人にも勧めている。
声楽や芸能などで声を出す人には、声帯の疲れや炎症を跡形もなく治し、元通りの綺麗な声帯に戻すだけの力を内在している「不思議効果のテラ飴」をお試しあれと、渾身の気合発声を日々鍛錬している経験者として申すしだいである。
声楽や芸能などで声を出す人には、声帯の疲れや炎症を跡形もなく治し、元通りの綺麗な声帯に戻すだけの力を内在している「不思議効果のテラ飴」をお試しあれと、渾身の気合発声を日々鍛錬している経験者として申すしだいである。
spb-0034 at 03:37|Permalink
│
2006年10月09日
真伝 遥かなる気合人の系譜 87
「気合術とテラサイエンスの融合」
磯部さんの手作り飴は不思議な活力があると評判をよんで久しいが、それには10年ほど前から話題のテラサイエンスを全面的に取り入れていて、飴なのにべた付かず、甘さが口に残らずにサラッとしていて、「疲れが取れて元気が出る飴」として、すでに多くの熱烈なファンがおられるということである。
彼の飴はテラサイエンスの水処理をベースにして、「テラ砂糖」と「テラの源」を組み合わせて製作しているため、驚くべき健康効果が発揮されている。その効果から、一部病院でも使用されているそうである。
その効果とは、口臭が消える、口内炎がなくなる、鼻の通りが良くなる、胃もたれや胃の痛みがとれる、穏やかになって落ち着ける、咳が止まる、喉の炎症がなくなり声が楽に出るなどなどだそうだ。特にテラ化した飴はまったく甘さが残らず、飴であるのに血糖値があがらず、さらに抗菌と消臭効果に際だって優れていて、風邪の予防とニンニクなどの酷い臭いもアメをしゃぶり出すと瞬時に消えてしまうそうである。まぁ、気合術+テラサイエンスだから、そのぐらいの力が発揮されて当たり前かもしれないと、ファンの皆様は納得されているそうである。
磯部さんの手作り飴は不思議な活力があると評判をよんで久しいが、それには10年ほど前から話題のテラサイエンスを全面的に取り入れていて、飴なのにべた付かず、甘さが口に残らずにサラッとしていて、「疲れが取れて元気が出る飴」として、すでに多くの熱烈なファンがおられるということである。
彼の飴はテラサイエンスの水処理をベースにして、「テラ砂糖」と「テラの源」を組み合わせて製作しているため、驚くべき健康効果が発揮されている。その効果から、一部病院でも使用されているそうである。
その効果とは、口臭が消える、口内炎がなくなる、鼻の通りが良くなる、胃もたれや胃の痛みがとれる、穏やかになって落ち着ける、咳が止まる、喉の炎症がなくなり声が楽に出るなどなどだそうだ。特にテラ化した飴はまったく甘さが残らず、飴であるのに血糖値があがらず、さらに抗菌と消臭効果に際だって優れていて、風邪の予防とニンニクなどの酷い臭いもアメをしゃぶり出すと瞬時に消えてしまうそうである。まぁ、気合術+テラサイエンスだから、そのぐらいの力が発揮されて当たり前かもしれないと、ファンの皆様は納得されているそうである。
spb-0034 at 03:37|Permalink
│
2006年10月08日
真伝 遥かなる気合人の系譜 86
その松が丘の跡地には、10年前まで道統を継承された肥田道夫先生が住まいしておられた。焼失前の道場では、私が最古参の門下生であるために幹事として全国からの学び人を取り仕切り、合宿がおこなわれていた。この合宿は週末になると泊まりがけで催されたが、磯部さんはこの合宿に名古屋から度々にわたり参加され、熱心に学ばれた。現在は焼失前の肥田家の道場を体験している数少ない一人である。
すでに道夫先生も亡くなられ、現在は私が道統の最古参になり、先生方の足下にもおよばない未熟者ながら、道統を広げたいと努力させていただいているところである。
すでに道夫先生も亡くなられ、現在は私が道統の最古参になり、先生方の足下にもおよばない未熟者ながら、道統を広げたいと努力させていただいているところである。
spb-0034 at 03:34|Permalink
│
2006年10月07日
真伝 遥かなる気合人の系譜 85
まことにかえす返すも残念ながら、木造の建築物であった肥田家は、17年前の夕刻、漏電にて全焼してしまった。私は火事の翌日に連絡を受けて駆けつけたが、辺りには火事特有の匂いがたちこめていて、肥田邸は炭化した木材が折重なって小山をなしていた。その時にご家族から当時のご様子お聞きしたのだが、出火当時は道夫先生もご家族の方々もことごとく留守をされておられ、人家から離れて山中にあった肥田邸の火の手が屋根を伝って建物全体をおおった段階で近所の方が火災を発見したとのことで、消防車が到着したときには手がつけられなかったそうである。
このときの肥田邸の火災を遠望した目撃者の一人は、「あたかも映画の落城シーンのような光景だった」と語っていた。
このときの肥田邸の火災を遠望した目撃者の一人は、「あたかも映画の落城シーンのような光景だった」と語っていた。
spb-0034 at 12:56|Permalink
│




