丹田研究所 『大阪支部』
2008年08月05日
大阪支部鍛錬記(7月)
(佐々木先生講義録3)
今回の講習会では佐々木先生が、
型だけの鍛錬と型を気合により行う
鍛錬の違いを実演してくださいました。
ま近で拝見させていただいて、
これだけ違うのかと唖然としました。
以下が講義録です。
今まで私がみんなに教えてきたことは、
型中心ではない鍛錬です。
肥田式強健術には型があって、それは絶対的なものです。
しかし、その他に肥田式強健術は、
「武道の精華たる気合で腰腹同量正中心の鍛錬を行う」
ということがあるのです。
この武道の精華たる気合で腰腹同量聖中心の鍛錬を行うということが、
型に命を与えているのです。
型だけをやるこということは、
肉体の歪みくらいは確かに取り除けるかもしれませんが、
メンタル、スピリチュアル、魂を練ることはできないのです。
肥田式強健術には聖中心道という名前がついています。
肥田式強健術だけであれば、
あくまでも肉体を強健にするということだけでいいのです。
しかし、聖中心道というのは肉体だけの鍛錬ではなく、
メンタルやスピリチュアルなものの向上、
進化ということがこの鍛錬に入っていることを表しています。
英語では肉体をフィジカル、
精神をメンタル、スピリチュアルと言います。
これらを一体で鍛えていくためには、
型中心で鍛錬を行っていてはなかなか上手くきません。
肉体と精神の両方を鍛えることは、
武道の精華たる気合で鍛錬することによって初めて可能となるのです。
それでは型が不必要なのかというと、そうではありません。
型というのは厳格に行わなければだめです。
厳格に行うためにはどうしたらいいのか。
それは武道の精華たる気合で、
腹腰同量聖中心の鍛錬を行うから厳格になっていくのです。
それとともに型の持つ意味があります。
肥田式強健術に型がなければ、
肥田式強健術は現在まで残っていなかったでしょう。
型が厳格であればあるほど、歴史に耐えられるのです。
能などでも、みんなそうです。
厳格でないものは、全て途中で淘汰されていく。
型というものはそれくらい重要なものです。
何が一番重要なのかというと、
型というものが、我々の肉体の動きの全てを表している。
なおかつ型を行うことによって、
スピリチュアルな状態も型の中に現れるし、
また、魂の状態も型の中に現れてきます。
たとえば斜腹筋の型を見ることによって、
この人の精神状態はどうなのか、
魂の状態はどういう状態なのか、
単に肉体の状態だけではなくて他の部分もわかるのです。
ところが、型の厳格さというものを解らないために、
単に肉体を動かす順序、手を動かして、頭を動かして、
これは型の順序をやっているだけであって、
型をやっているのではありません。
鍛錬をやってきた人間と型を中心としてやってきた人間の違いが、
このあたりに現れるのです。
鍛錬とは何かというと、
鍛錬は力を生み出すのです。
解りますか?
腰腹同量聖中心の鍛錬といった場合には、
腰腹同量聖中心の鍛錬によって力を生み出していくのです。
型中心で鍛錬を行っていたのでは力は出ないのです。
鍛錬をやるから、そこにパワーが生じるのです。
これを解らなければダメです。
鍛錬は何のためにするのか。
鍛錬はパワーを作るために行うのです。
型とは何でしょう。
型とはパワーを生み出す肉体という道具を作るものです。
このことを理解されて、お稽古されれば、どんどん上達してきます。
ここで佐々木先生が簡易強健斜腹筋にて、
型だけの鍛錬を実演されるが、
あまり迫力は感じられない。
こんなことを何回やっても、
骨格の矯正くらいにはなるかもしれないが、
中心力は生じません。
姿勢を正して正しい中心姿勢をとるから、
中心力が生じるのだと誤解されている方もいます。
そのような方は春充先生の本を読んでみてください。
中心力と言えば気合であると書いてあります。
腰腹同量力とは何か?
気合であると書いてあります。
この鍛錬では気合だけがパワーを生み出す秘訣なのです。
中心力を会得したということは、
気合を会得したということです。
どうやっても型だけの鍛錬では気合が生じるわけがありません。
気合は加速でしか生じないのですから。
加速がない型をいくらやっても気合なんてできないのです。
つまり中心力なんてないのです。
中心姿勢で中心力が生じるのではないのです。
中心力というのは気合のことなのです。
春充先生の本にはっきり書いてあります。
腰腹同量力というのも気合のことなのです。
気合だけがパワーを生み出す秘訣なのです。
佐々木先生が型だけの鍛錬と、
気合による鍛錬を実演される。
気合による鍛錬はすごい迫力である。
私も、昔は型だけの鍛錬を行っていました。
しかし、52歳のときに「あっ」と掴んだ。
それから、55歳くらいには今の形になってきたのです。
ここでもう一度、
佐々木先生が気合をつかった鍛錬を実演される。
圧倒的な迫力がある。
この動きをさらに力強く、
もっと加速的に、
何回も何回も鍛錬を行う。
これが鍛錬による力を生み出す秘訣なのです。
わかりますか?
ですから皆さんが向上していくためには、
このあたりのことを理解してお稽古していくことが重要なのです。
2008年8月3日 大阪支部 田代 陽一
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│
2008年07月01日
大阪支部鍛錬記(6月)
−−佐々木先生講義録2−−
聖中心道肥田式強健術。
この鍛錬は、明治時代に生まれました。春充先生のお父様がお医者さまだったため、生理、解剖、力学をベースにしました。明治の初めに、生理、解剖、力学をベースに作ったというのは画期的なことです。
しかも、鍛錬している力の作り方は、武道の精華たる気合です。精華とはエッセンス、極意、本質という意味です。西洋の文化と日本の文化との融合が聖中心道肥田式強健術です。
気合により人間の根源たる命がけの力を引き出す
気合というのは、武道の極意とされていました。なぜなら、気合は、人間の根源の命がけのパワーを引き出すコツだからです。この気合を原動力として、生理、解剖、力学にのっとった動きをするのです。
特に力学についていいますと、この鍛錬は、全く筋力を使ってはいけません。下手な人はみんな筋肉による力を使って、ギクシャク動いています。力を使っていると、硬いギクシャクとした動きしかできません。では、筋肉を使わずに何を使うのでしょう。
それは力学です。
惰性と反動。足の裏を直角にする。足の親指に力を入れて踵にちょんと力を加えると筋肉の連動性で、体の末端まで力が伝わります。肥田式では、力を伝達させて動いているのです。だから、筋肉のこりは無くなってしまうのです。筋肉に伝わった力が凝りの部分を突き刺していくため、凝りは無くなるのです。
力で動いている間は、局所的には力が入るが、その力が流れていかないため、いつまでたっても自分は変わりません。
無くて七癖は骨格の歪みから
自分を変えるには、結局は骨格のゆがみが治らなければだめです。なくて七癖の体の癖は、ほとんどが骨格の歪みです。もう、知らないうちに骨格の歪みがみんなあるのです。
骨格の歪みというのは、骨というのは200いくつありますが、骨を動かすのは筋肉です。筋肉が骨を引っ張って動かします。だから、筋肉の連動しないところ、コリが生じるところが、その人の骨格の歪みです。
筋肉が連動して次々と力を伝えていけば、自然と骨格の歪みが直る。それだけではなくて非常にいい筋肉ができるのです。血管だって、神経だって、あらゆる物は筋肉の間を流れています。
筋肉は非常に大切なものなのです。人間の体は600の筋肉と200の骨格にわかれています。これらの筋肉と骨格を、人間は直立しているため、足の裏から生じた大地の力を使って変えていくのです。
それが、この鍛錬のみそです。
どれほど、虚弱の人であろうと誰だって自分を変えることができます。そのためには力はいらない。これが、みなさんが覚えて欲しいことです。
肥田式の鍛錬にはこのような効果があります
「筋肉の発達」
筋肉の質が良くなります、緩めばバターのごとく、締まれば鋼鉄のごとくと表現されます。
「内臓の壮健」
自律神経が活発となり、内蔵の働きがよくなります。
「皮膚の強靭」
つまり美肌です。
「動作の敏活」
動作が非常に速くなります、もたもたしなくなります。これは、重心のバランスがいいからです。
「気力の充実」
仕事でもなんでも気力です。運は気力です。気力があるということは呼吸の使い方が上手いのです。呼吸使いの下手な人は気力が充実しません。気力がある時はお腹に力があります。たとえば相手の話を聞くとき、お腹に力が入れます。すると相手の話を全身で聞くことができます。全身で相手の話に感動できるのです。だから、人間関係が、誰とでも円滑にいくようになります。
「体格の均整」
全身がバランスよく発達します。
「姿勢の調和」
ボディービルのように筋肉だけを発達させるのではなく、万物の霊長である人間にふさわしい姿勢となります。
「精神の平静」
心に波風が立たたなくなります。
これらを「八大要件」と言います。このような、効果が得られるよう皆さんも理論と実技を学び継続して鍛錬を行ってください。
平成20年6月29日 田代陽一
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2008年06月26日
大阪支部鍛錬記(6月鍛錬会講義録)
5月の鍛錬会からテロメア会の方が多数参加されて、大阪支部も非常に活気のあるものになっています。
その鍛錬会の中で佐々木先生は、初心者から上級者まで、約8時間、その上達に合わせて、的確な指導をされています。聖中心道肥田式強健術の真伝の伝承者としての責任感と情熱には、いつも敬服します。
今回も佐々木先生のご好意により、講義録をブログ゙に掲載させていただくことになりました。みなさんも是非、聖中心道肥田式強健術の真伝に触れて、人間丸ごとの改造を目指してください。
聖中心道肥田式強健術、この鍛錬には特徴があります。この鍛錬は、他の武道、鍛錬法とは一線を画す独特な鍛錬なのです。では、どこが独特な鍛錬なのでしょうか。
なぜ、肥田式強健術は腰を捻らないのか
この鍛錬の特徴の一つには、一切腰を捻らないということがあります。ボクシング、空手、合気道、柔道これらは全て腰を捻ります。しかし、腰を捻るということは、力がみんな外へ逃げてしまうのです。力が外へ逃げてしまっては、鍛錬で生じた力により、自分を練って、強くするということができません。
この鍛錬の目的は、自分を練り、強くすることです。ですから、鍛錬で生じた力を逃してはいけないのです。このため聖中心道肥田式強健術では、一切腰を捻りません。
腰を捻らず上下に使う
力を全て内側に封じこめるにはどうしたいいのでしょう。
肥田春充先生は、この命題の解答として、腰を捻らず上下に使うという独特な方法を編み出したのです。こうすれば、力が外に逃げていかず、全ての力を、自己変革に使うことができます。
東洋の医学でいうところの丹田を練るためには、腰を捻らず上下に使うということが、本当に合理的な方法なのです。しかしこれは本来、肥田春充先生が編みだしたのではありませんでした。それはいつの間にか変質してしまって、変わってしまった丹田鍛錬法を、肥田春充先生がもう一度復活させたのです。
武道の極意である丹田文化と、西洋医学の生理、解剖学、力学に基づいている
肥田春充先生の一族は代々、武道の名人でした。
しかし、あまりにも武道に凝りすぎてしまったため、家が貧しくなったそうです。家計を助けるために春充先生のお父さんはお医者さんになられました。幕末の時代に、東洋医学や西洋医学を勉強されて名医になられたそうです。
そこに、春充先生が生まれました。春充先生は、生来病弱であったため、自分が鍛錬するときに普通の方法ではダメだと感じておられ、家系に伝わる、武術の極意、そして、お父様が学ばれていた、生理、解剖、力学に基づいた鍛錬法を編み出したのです。
腰腹を鍛える
この鍛錬法により、春充先生の肉体はどんどん変化していきましたが、春充先生が目指したのは、単に武術が強い人間になるよりも、グローバルな生き方を求めて英雄とか豪傑などといわれる人を目標としていました。
では、英雄、豪傑と言われる人はどのような人でしょう。
歴史上、英雄、豪傑と言われる人で声が小さく、態度がおどおどとした人はいません。英雄、豪傑と言われる人は、一つには、声が大きい、つまり声が響く人です。このような人には、丹田ができている、つまり腹に力があります。二つ目は態度、物腰に余裕があります。
なぜ余裕が感じられるかというと、上半身の力が抜けているからです。上半身の力を抜くには、腹と腰に力が入ることが必要なのです。腰は動きの要です、人間は直立をしているため、足の裏から力を生み出し、その力を足から腰に伝えて動作を生み出しています。
これとともに、お腹に力が入らないと上半身のコントロールが全く利かないため、腹の力も必要なのです。このため、春充先生は腹と腰に着目したわけです。
従来は、腹の方しか言わないのですが、春充先生が初めて腹と腰ということを言いました。腹と腰を纏めて、腰腹と言います。聖中心道肥田式強健術は、腰腹を鍛える鍛錬法なのです。
平成20年6月25日 大阪支部 田代陽一
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2008年06月18日
基本があれば何でも出来る!
14日の大阪講習会。
第一部のテロメア活性講座では、佐々木先生にテロメア値を計っていただきました。仕事の関係で昼夜逆転の不健康な生活を送って10年余り。
しかも、前日は2時間程度しか寝ていませんでしたから、おそらく酷い結果だろうな・・・と内心びくびくしていたのですが、予想に反して完全健康ともいえる高い数値が出ました。
これには自分でもビックリ!
だって、前述したような不健康な生活を10年も続けているんですよ。もし、肥田式に出会っていなかったら、私なんか今頃は身体を壊して入院していてもおかしくないでしょうね。
また、体調ばかりではなくて精神面での変化も実感しています。あまり物事に動じなくなり、嫌なことがあっても引きずることなく、ストレスに悩まされない。
そういえば、ここ何年か頭痛になったことがありません。昔はちょくちょく頭痛に悩まされていたんですが、今の私は「頭痛ってどうやったらなれるんですか?」と人様に聞きたいくらいに、その存在すら忘れていました。
日常生活を心身ともに快適に送れる。当たり前すぎて軽視しがちですが、なによりも大切な能力だと思います。
さて、日常を快適に過ごすために欠かせないのが日々の鍛錬。
第三部の肥田式強健術(健康コース)の時間では、肥田式の特徴である、地面からの反動を連動させることで動作の動力とする方法について、具体的に解説していただきました。
ただ、理屈は分かっても、実際にやってみると身体は思うように動いてくれません。どうしても、途中で連動がプツンと途切れてしまいます。とくに、漏気のあとの極めの動作の時なんか、連動など跡形もなく消えてしまいます。
まだまだ骨格が歪んでいるのを感じます。それと関節、とくに背骨の硬さ。以前に教えていただいた“般若身経”の前屈と後屈の動作を、さらに熱心に行わなければいけませんね。
ただ、全ての動作を地面を踏む反動を使い、腰から起動させる点については、微かですが、イメージだけでも掴めたように思います。力学的に表現するなら、足が力点、腰が支点、上半身が作用点といったところでしょうか。
第四部の肥田式強健術(鍛錬コース)の時間は、前半が呼吸操練、後半は気合応用について教えていただきました。今回は初めての方が4人参加されていたのですが、呼吸操練の時は、拙いながらも私が“腹胸式呼吸法”を教えさせていただきました。
始めての人に教えるのは確かに大変ですが、自分が無意識にやっていることを意識化し、言葉で説明するのですから、逆に言えば、とても勉強になることが多いです。
後半の気合応用の時間には、“踏込み”と“踏付け”、そして“前腕筋型”について詳細に御教授をいただきましたが、とくに前腕筋を教えていただいている時に、「やっぱり簡易強健の斜腹筋型は全ての基本だな〜」と云う感を強くしました。
正しく「基本があれば何でも出来る!」です。
姫路同好会主催:真島 一郎
講座スケジュール
■ 開催日:6月29日(日)
■ 開催日:7月26日(土)
今月より指導体制を変更し、2部制にいたします。
○第1部:基礎鍛錬コース
斜腹筋を中心にして基礎を徹底的に学びます。
少し突っ込んで学びたい方のためのコースです。
時間:13:30〜15:00
料金:会場費として1000円。(初回は無料、学生は半額)
○第二部:健康体操コース
細かいところは気にせず、伸び伸びと楽しく行い方、
気軽に健康体操として学びたい方のためのコースです。
時間:15:10〜16:40
料金:会場費として1000円。(初回は無料、学生は半額)
会 場:イーグレひめじ 地下2階アリーナB
主催者:真島一郎
お問い合わせ、お申し込みはこちらから
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2008年05月21日
大阪支部鍛錬記(5)
5月第二土曜日開催の大阪教室で講演された、佐々木先生のお話しをまとめました。この原稿は、皆さんの鍛錬にも参考になるとおもいますので、先生の許可をいただき公開することにしました。
肥田式は理学を実学で検証をする科学実験同様です
肥田式を鍛錬しているほとんどの人が誤解していることは、肥田式を感覚的、たんに一個人が努力や才能で組み立てられた巷の運動法や才能開発法だと勘違いしている点です。
分かりやくいうのならば、この鍛錬は誰の上にも普遍的な理学と実学が矛盾なく統一された実践科学であるということです。ですから、今までもうしておりますところのただ型を一生懸命にやっても、型が上手になるだけで、満足のいく効果を得られません。
肥田式の鍛錬で何が大切かというと、大切なことは、一つしかないのです。それはこの鍛錬の他に例を見ない最大特徴である武道の精華たる気合で腹腰同量聖中心の鍛錬を理合いに照らして緻密に行うということなのです。
そのことを理解するには、そのことを納得して判るには、基礎的なところだけで結構ですから生理・解剖学と力学を学んで知っておかないと、緻密なところが理解できないわけですね。
たとえば前腕筋の鍛錬で、右腕の手首を内側に曲げ、左手の拇指と人差し指にて右手首をくるりと回し込みながら前方に押し付けるようにする。これは作用反作用と角速度利用での動作ですが、この法則により筋力を使わずに落下速度を主体で前腕を鍛えているのです。
上腕二頭筋でも、同じことが言えます。
なぜ手首を内に曲げるのか?は生理と解剖を知ると「ウンなるほど!」と心から納得がいき、無駄を排除した力学的合理性に感嘆しますよ。理を知るたびに感嘆する、そのたびに熱意を新たにして一層のチャレンジが誘起する。
創始者の体育家、科学者としての天才ぶりに感動です。
この鍛錬を外から見ていると豪快に映りますから、力を込めるモノとおもってしまうのです。生理・解剖・力学の基礎を知っているだけでも動作が違って来て、進歩が著しくなります。
とにかく理を知らないと、力ばかり入れるか、意識的脱力かどちらかですね。とくにこの鍛錬独特な一筋の緊張時に、上半身にはまったく、決して力を入れないのです。肥田式強健術は、中心力の原形が生じるとき、つまり腰腹に力が入るときには、上半身の力は抜けているのです。
上半身の力が抜けないで、腹と腰だけに力は絶対に入らないのですね。このことは写真の姿勢からでも、動作でも声でも判ります。一般の人は見た目の姿勢が整えば、腰腹同量力になっていると思います。
しかし、これは体の外側だけであって体の中は違うのです。
腰腹同量力の生じている人間は、字を書かせても、姿勢動作からでも、声の強さとか響きが全然違います。上半身がぶれませんから日常の動作に隙がありません。
人間は足裏だけで立っているため、動いたときに姿勢を崩しやすいのですが、腰腹同量力が生じている人間は、支持底面の中央に重心が維持されるので姿勢を崩しにくいのです。つまりバランスがいいのです。これを、隙がないといいます。
重複を承知でくり返しますが、鍛錬には理論の理解が必要不可欠
鍛錬を効果的に継続することで大切なことは、肥田式の特徴を理学的見地から理解し、実技に反映してゆくことです。このことを以前から佐々木先生は、初歩的なことから繰り返し言われていますが、なかなか学んでいる方々にも理解されていません。
そのために佐々木先生の指導では、理論と実技の両輪を偏ることなく重んじて、基礎の基から何回も部分的な細部にまでも自ら実演して見せてくださり、その理合いも共に教えてくださいます。
佐々木先生はおっしゃいます。
「理ということが無くて効果体現の上達はない」と!
上達ということは、顕在力よりも無意識の世界である潜在能力の活性化、つまり、自分が深いところから変化向上していくことです。多くの人が肥田式の基盤にある理論を理解できていないために、闇雲に型を繰り返すことになってしまう。
肥田式は古いタイプの武道や運動法と異なっいるのを知るべきなのですが、慣習というか、思いこみというのか、従来のイメージで行ってしまっていのですね。
だから口だけ効果とか、感覚的効果とかで実際には全然、効果がないのです。肥田式の型は驚くほどに合理的です。その、合理性が理解できなければ効率性を阻害します。生理、解剖、力学、これらに基づく科学が肥田春充先生の本には、詳しく書いてあります。
でも、一般にはそのあたりが読みきれていません。型中心で、理論的なことは読み飛ばして見てしまうのです。
効果的鍛錬に気合が何故必要なのか
特に、肥田式の場合は武道の精華たる気合、それで腰腹同量聖中心の鍛錬を行います。もともと、武道の精華たる気合ができないことには、腰腹同量聖中心の鍛錬ということは不可能です。
嗜みがないとお叱りを承知でもうしますが、道夫先生はじめ諸先輩方のほとんどは気合ができませんでしたね。気合の重要性は知っていてもどの様にして体得すればよいか判っていなかった。わたしも肥田式を学んだ当時は気合の大切さが理解できないで型中心でやっていました。
後に、八幡野松ヶ岡上の肥田家道場で道夫先生に聖中心道肥田式強健術を学んでいる時に、ある日の雑談時に、「この鍛錬の真伝は、武道の精華たる気合をもって腰腹同量正中心の鍛錬をやるのであるが、気合学ぶのも、教えるのも難しくてわたしも勉強中です!」とおっしゃられておりました。
わたしはその時から武道の精華たる気合探求の旅に出たわけです。本日に至っても未だ旅の途中ですが、やっと九合目まで登り来て視界が開け、気合の本当の姿が判るようになりました。だからこそ皆さんに教えられるのですが、わたしが気合を理解して鍛錬できるのは、十代の後半に気合術という体系を学んだからです。
その時の学びをこの鍛錬に活用させて頂き完成に導いているわけです。
まぁともかく、鍛錬の中に気合がなければ「方は枝葉である」と示唆された型を繰り返すだけになります。しかし、気合があれば「型は極めて重要である」型となり、腰腹同量正中心の鍛錬を形成する基盤になるのです。
実際に腰腹同量力を作るには、加速によるエネルギーが必要です。気合の基本的要素を使うだけでかなりの加速を生むことができます。そして、反動によるエネルギーを生じることができるのです。ところが、気合がなければ、どうやって加速を生みだせばいいのでしょうか。
加速を作り出すのに筋力に力を入れて行わなければならないとすれば、それをやればやるほど、瞬息的速度を殺すことになります。くり返しますが、鍛錬による効果を引き出す加速を筋力では作り出せないのです。
くどいようですが、腰腹同量力を産み出す加速は筋力ではなくて、気合が牽引しなくてはなりません。これにより、初めて筋肉のコントロールが行え、各所の筋肉が締まる、緩む。緊縮と伸縮ということが、意志の元でスムーズに無理なく行えるのです。
それが合理的な動き。気合いで姿勢を形成し、気合で動作を誘導してゆくのが腰腹同量正中心の鍛錬ということです。だから、気合が、徹頭徹尾、習得できるように、深まるように心がけていかなければ、絶対というか、まったくというか、全然といってよいほど腹腰同量力は身につきませんね。
気合の2つの効果
上半身に力が入ると気合出せませんし、力が入っているだけ気合が弱くなります。しかし、上半身の力が抜ければ、気合は強力になり効果も大きいのです。ともかく実際にやってみると判るのですが、上半身に力が入れば入るほど、腰腹の力は抜けるのです。
ですから腰腹に力が入るということは、上半身の力が抜けたということです。腰腹に力が入ったということは、その分だけ上半身の力が抜けたということです。だから、気合を何のために行っているのかといえば、腰腹に力を入れるために行っているのです。それと共に気合は上半身の力を抜くためにも行っているのです。
このようなことは気合効果のホンの基礎的なことですが、それでも気合にはふたつの相反する役割があるということです。一つは力を入れるために、一つは力を抜くためですね。こんなことは初級的というか基礎的なことですが、こうゆうことがわからないと、気合を何のためにやるのかわかりません。
ただ、エイ、ヤーとやっているだけじゃないかということになる。しかし、このような初歩的なことでも解ってくると、気合というものがいかに真伝鍛錬に必要なものなのか。また、気合というものを、いかにして出すべきなのか。気合は、どうやって作り上げていくのかが解ってきます。これにより、春充先生が「武道の精華たる気合でこの鍛錬は行うのであると。」言われた意味が解ってくるのです。
鍛錬の効果を引き出すには、迫力が高まらなければダメです
聖中心道肥田式強健術。
この鍛錬を春充先生は武禅であると言われています。武の禅。それは、鍛錬それ自体に他を圧倒する迫力があるから、武禅というのです。名人の武というのは、緻密かつダイナミックで迫力がある動きです。素人的な迫力が無い動作ではこの鍛錬を学んでいる効果が無くてダメなのですね。
佐々木先生が公園で鍛錬しているときには気合を出さない含み気合でやっているそうですが「すばらしいですね。」とか、「何をやっているのですか。」と度々聞かれるのだそうです。
つい先日も自転車に乗った方が近づいてきて、「私は、中国に行き20年も気功法をやっていて、今は病人を治しているのですけど、こんな気の出る鍛錬は、見たことがない。中国のものですか?」と聞かれたため、「中国にこのようなものはないです。これは、日本独特の、武道や修験道の極意です。臍下丹田、徹底的に腹を練ることにより、多くの気がでるのです。」と答えられたそうです。
佐々木先生は言われます。
私の鍛錬を見て肥田式を知らない赤の他人にお褒め頂けるのは、何故だと思う?そこにあるのが鍛錬の迫力なんですよ。理屈も権威も肩書きも知らない通りすがりの方々が「すばらしい!」と感嘆してくれる。私の鍛錬に迫力が無ければ、すばらしい、なんて言ってくれない。
最近の先生の鍛錬は、聖中心道にシフトされたため、簡易強健の斜腹筋や、気合応用をバラバラにしたもの、聖中心道体系しかしていないそうです。しかし、それでも、人を感動させる迫力があるのです。
結論として鍛錬は、気合体得に重きを置いて学ぶようにすること!上手にやろうなどと動きを小さく纏めず、効果を出せるように、さらに、さらに、大きな動作を行えるように目指すことが必要どということです。頑張りましょう!
2008年5月17日 大阪支部 田代陽一
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2008年03月18日
大阪支部鍛錬記 (4)
肥田式の5つの壁
今回の練習会で、佐々木先生は最初に肥田式の「真伝」、つまり、一番正しい学び方はなんでしょうと、私たちに問いかけられました。
この問いかけに対する答えは、
「気合」によって鍛錬するということです。
春道先生は、この鍛錬をするとき、「武道の精華たる気合で行うのである」とおっしゃられています。「型」は鍛錬でいえば枝葉の部分です。枝葉の部分だけが、いくら上手くできたからといって満足のいく効果は得られません。
強健術でいうと、八大要件である「筋肉の発達」、「内臓の壮健」、「皮膚の強靭」、「体格の均整」、「姿勢の調和」、「動作の敏活」、「気力の充実」、「精神の平静」は体現されません。
気合により生まれるエネルギー。
つまり、高いところから丹田に上体が落ちてくる位置エネルギー。そして加速的呼吸によるエネルギー。これら気合によるエネルギーにより型を行うことによって、初めてスポーツや仕事、対人関係に生かすことができる能力が得られるのです。
肥田式は万芸の泉と言われます。このようにあらゆることに応用できる能力は、型が上手くできるだけでは獲得できないのです。
今では、「気合だー」とかけ声となっている「気合」。
本物の気合は、現在、肥田式ぐらいでしか学ぶことができなくなっているのではないかと思います。この気合という人類の財産を、佐々木先生は後世に正しく伝えようと、肥田式の奥義を包み隠さず我々に教えてくださっています。
今回、教えてくださったのは、肥田式の5つの壁ということです。
壁というのは、その能力を獲得するためのプロセスをいいます。
第1の壁は腹力獲得の壁です。腹力は呼吸力で鍛錬するものです。腹力を得ると落ち着いてくるため、固定観念、自分の長所、短所、自分の位置や立場がわかってきます。あるいは相手の立場を思いやることができるようになります。自律神経を主体とした思考が安定してきます。
第2の壁は腰力獲得の壁です。これは、人間の動きをつかさどる体制神経の働きを活発にするものです。
第3の壁は腹腰同量力獲得の壁。これは、腹力と腰力を合一させることにより得られます。これにより、万芸の泉といわれる能力が発揮できるようになります。何をやっても下半身重視、下半身で上半身をコントロールできる。腕一つでも下半身によりコントロールできる。動きが非常にきれいで統一的になる。また、力を制御しやすくなります。
第4円の壁は腰腹同量力をもって、仙骨神経を刺激できるようになることです。
さらに、第5の壁は腹腰同量力をもって仙骨神経を刺激した力を、さらに高めて、脳幹部に跳ね上げることができるようになることです。
第1から第3の壁が強健術の壁、第4から第5が聖中心道の壁です。佐々木先生は第4の壁までは突破しており、第5の壁を突破するために、昨年秋から鍛錬体系を大幅に変更し、聖中心道中心の鍛錬に取り組んでおられます。
このように、佐々木先生は明確に自分がやっている鍛錬の内容、鍛錬の方向性、そして、現在の自分の位置を把握しておられます。そして、何故、この動きはこうなのか、何故、今、ここであなた方にこのような話をしているのか、これをすべて把握し必然で行っていると言われています。
では、何故必然なのでしょう。
それは、必然であれば最短距離で目的地までいけるからです。
春道先生が言われています。天才が1日でいけるところを、一般の人間は10年かかる。これは、天才が必然で目的地まで向かうからです。
とりあえず、私は腹圧獲得を目ざし、第一の壁を突破したいと思っています。腹力を獲得するだけでも、落ち着いてものごとを判断できるため、先見性や洞察力がかなり上がるそうです。そのために佐々木先生のおっしゃられるように、この鍛錬の特徴を把握し、偶然から必然へと鍛錬の方法を改善していかなければと思っております。
今回の練習会で、佐々木先生は最初に肥田式の「真伝」、つまり、一番正しい学び方はなんでしょうと、私たちに問いかけられました。
この問いかけに対する答えは、
「気合」によって鍛錬するということです。
春道先生は、この鍛錬をするとき、「武道の精華たる気合で行うのである」とおっしゃられています。「型」は鍛錬でいえば枝葉の部分です。枝葉の部分だけが、いくら上手くできたからといって満足のいく効果は得られません。
強健術でいうと、八大要件である「筋肉の発達」、「内臓の壮健」、「皮膚の強靭」、「体格の均整」、「姿勢の調和」、「動作の敏活」、「気力の充実」、「精神の平静」は体現されません。
気合により生まれるエネルギー。
つまり、高いところから丹田に上体が落ちてくる位置エネルギー。そして加速的呼吸によるエネルギー。これら気合によるエネルギーにより型を行うことによって、初めてスポーツや仕事、対人関係に生かすことができる能力が得られるのです。
肥田式は万芸の泉と言われます。このようにあらゆることに応用できる能力は、型が上手くできるだけでは獲得できないのです。
今では、「気合だー」とかけ声となっている「気合」。
本物の気合は、現在、肥田式ぐらいでしか学ぶことができなくなっているのではないかと思います。この気合という人類の財産を、佐々木先生は後世に正しく伝えようと、肥田式の奥義を包み隠さず我々に教えてくださっています。
今回、教えてくださったのは、肥田式の5つの壁ということです。
壁というのは、その能力を獲得するためのプロセスをいいます。
第1の壁は腹力獲得の壁です。腹力は呼吸力で鍛錬するものです。腹力を得ると落ち着いてくるため、固定観念、自分の長所、短所、自分の位置や立場がわかってきます。あるいは相手の立場を思いやることができるようになります。自律神経を主体とした思考が安定してきます。
第2の壁は腰力獲得の壁です。これは、人間の動きをつかさどる体制神経の働きを活発にするものです。
第3の壁は腹腰同量力獲得の壁。これは、腹力と腰力を合一させることにより得られます。これにより、万芸の泉といわれる能力が発揮できるようになります。何をやっても下半身重視、下半身で上半身をコントロールできる。腕一つでも下半身によりコントロールできる。動きが非常にきれいで統一的になる。また、力を制御しやすくなります。
第4円の壁は腰腹同量力をもって、仙骨神経を刺激できるようになることです。
さらに、第5の壁は腹腰同量力をもって仙骨神経を刺激した力を、さらに高めて、脳幹部に跳ね上げることができるようになることです。
第1から第3の壁が強健術の壁、第4から第5が聖中心道の壁です。佐々木先生は第4の壁までは突破しており、第5の壁を突破するために、昨年秋から鍛錬体系を大幅に変更し、聖中心道中心の鍛錬に取り組んでおられます。
このように、佐々木先生は明確に自分がやっている鍛錬の内容、鍛錬の方向性、そして、現在の自分の位置を把握しておられます。そして、何故、この動きはこうなのか、何故、今、ここであなた方にこのような話をしているのか、これをすべて把握し必然で行っていると言われています。
では、何故必然なのでしょう。
それは、必然であれば最短距離で目的地までいけるからです。
春道先生が言われています。天才が1日でいけるところを、一般の人間は10年かかる。これは、天才が必然で目的地まで向かうからです。
とりあえず、私は腹圧獲得を目ざし、第一の壁を突破したいと思っています。腹力を獲得するだけでも、落ち着いてものごとを判断できるため、先見性や洞察力がかなり上がるそうです。そのために佐々木先生のおっしゃられるように、この鍛錬の特徴を把握し、偶然から必然へと鍛錬の方法を改善していかなければと思っております。
2008年3月16日 大阪支部 田代陽一
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2008年03月14日
大阪支部鍛錬記 (3)
人間の成長について
2月の練習会は、大阪では珍しく雪の降る日でした。
心が洗われような、まっさらに再生する、生まれ変わる瞬間です。
佐々木先生は、昔、中国の先生に君はフォンだねと言われたことがあるそうです。フォンというのは易経,礼記(中国の古典)の中にある竜の子供という意味です。竜というのは、万物の王様です。
この竜の子供は、土の中に寝ています。なぜ、竜の子供は土の中に寝なければならないかというと、竜そのものが毒を持っているためです。その毒にやられないように、土の中にいる時に、その毒を飼いならさなければならない。そうしないと竜になったときにその毒で、自分がやられてしまうのです。
これは人間でいうと、毒というのは、能力、才能ともいえます。
能力、才能がある人間は、それがあるゆえに、先走ったり、あるいは頼りすぎたりして自分をダメにしてしまうことが多いのです。子供のときは、土の中にいる竜の子供のように、人間も、才能、能力を開花し、一人前になるまでに時間がかかるということです。
そのため、人間は何をするにもあせってはいけないのです。あせりにより、自分の中に眠っている能力、才能を上手く使いきれなくて、ダメにしてしまう人が多いのです。
「肥田式強健術」も、「天真療法」も、学び事はすべて同じで、基本に3年はかかります。この基本というのは、そのことについて学び方がやっとわかるということです。そこから、さらに出発して10年、20年と続けていく。
よく、佐々木先生は、「肥田式はどのくらいで覚えられるのですか」と聞かれたときに、型をどのくらいで覚えられるのかと思い、3ヶ月から6ヶ月と話しているそうです。これを聞いた方は、勘違いをして3ヶ月から6ヶ月すれば才能が開花するものと思う方もいます。
しかし、先ほどの竜の例ではないですが、能力、才能が開花するには時間がかかるのです。 才能の開花は、稽古の時だけで身に付くのではありません。肥田式の稽古が身につくのは、日常生活が変わってはじめて身についたといえるのです。
稽古の時にだけ、変わっていてもそれは健康法です。稽古が終わって、猫背で生活していたら意味が無いのです。能力や才能は、日常生活で発揮されて初めて能力や才能です。稽古の時に動きが、たまたま上手くいっても、日常生活で生かされないとしょうがありません。
先生は、このことを踏まえて、生徒さんに指導されているそうです。
ただし、学ばれる方は、ご自身で考えられ、私は健康法として学びたいという方も大歓迎であるとのことです。
肥田式とは、武禅とか体育禅と言われています。
禅の目的は何かというと、人生、生命をはっきりと認識して、生かすということが目的です。禅において、無になるとか、悟るということは、迷いがないということです。自分の進む道が明確に解って、堂々と進むということです。これを誤って哲学的な思考に陥り、ノイローゼ気味になる方が多くいます。
自分の特徴、能力を理解して、それを持って堂々と生きるということが、悟りである。迷いが無いということなのです。
人間は、生きていれば、嫌なことも、トラブルもあります。しかし、自分を信じて堂々と生きる。それが大悟です。世間がどんな状態になり、自分が落ち込むようなことがあったとしても、自分を信じて生きることです。
「仏国土。山川草木、ことごとく仏性あり。」というのは、自分が万物にそういう接し方ができるから、そのように思えるのです。自分がやさしさに、愛に包まれているからこそ、すべてのものが生きていることを感じられるのです。
このようなことがわかれば、肥田式はすばらしい鍛錬法であるし、心を変えることのできるものなのです。
2月の練習会は、大阪では珍しく雪の降る日でした。
心が洗われような、まっさらに再生する、生まれ変わる瞬間です。
佐々木先生は、昔、中国の先生に君はフォンだねと言われたことがあるそうです。フォンというのは易経,礼記(中国の古典)の中にある竜の子供という意味です。竜というのは、万物の王様です。
この竜の子供は、土の中に寝ています。なぜ、竜の子供は土の中に寝なければならないかというと、竜そのものが毒を持っているためです。その毒にやられないように、土の中にいる時に、その毒を飼いならさなければならない。そうしないと竜になったときにその毒で、自分がやられてしまうのです。
これは人間でいうと、毒というのは、能力、才能ともいえます。
能力、才能がある人間は、それがあるゆえに、先走ったり、あるいは頼りすぎたりして自分をダメにしてしまうことが多いのです。子供のときは、土の中にいる竜の子供のように、人間も、才能、能力を開花し、一人前になるまでに時間がかかるということです。
そのため、人間は何をするにもあせってはいけないのです。あせりにより、自分の中に眠っている能力、才能を上手く使いきれなくて、ダメにしてしまう人が多いのです。
「肥田式強健術」も、「天真療法」も、学び事はすべて同じで、基本に3年はかかります。この基本というのは、そのことについて学び方がやっとわかるということです。そこから、さらに出発して10年、20年と続けていく。
よく、佐々木先生は、「肥田式はどのくらいで覚えられるのですか」と聞かれたときに、型をどのくらいで覚えられるのかと思い、3ヶ月から6ヶ月と話しているそうです。これを聞いた方は、勘違いをして3ヶ月から6ヶ月すれば才能が開花するものと思う方もいます。
しかし、先ほどの竜の例ではないですが、能力、才能が開花するには時間がかかるのです。 才能の開花は、稽古の時だけで身に付くのではありません。肥田式の稽古が身につくのは、日常生活が変わってはじめて身についたといえるのです。
稽古の時にだけ、変わっていてもそれは健康法です。稽古が終わって、猫背で生活していたら意味が無いのです。能力や才能は、日常生活で発揮されて初めて能力や才能です。稽古の時に動きが、たまたま上手くいっても、日常生活で生かされないとしょうがありません。
先生は、このことを踏まえて、生徒さんに指導されているそうです。
ただし、学ばれる方は、ご自身で考えられ、私は健康法として学びたいという方も大歓迎であるとのことです。
肥田式とは、武禅とか体育禅と言われています。
禅の目的は何かというと、人生、生命をはっきりと認識して、生かすということが目的です。禅において、無になるとか、悟るということは、迷いがないということです。自分の進む道が明確に解って、堂々と進むということです。これを誤って哲学的な思考に陥り、ノイローゼ気味になる方が多くいます。
自分の特徴、能力を理解して、それを持って堂々と生きるということが、悟りである。迷いが無いということなのです。
人間は、生きていれば、嫌なことも、トラブルもあります。しかし、自分を信じて堂々と生きる。それが大悟です。世間がどんな状態になり、自分が落ち込むようなことがあったとしても、自分を信じて生きることです。
「仏国土。山川草木、ことごとく仏性あり。」というのは、自分が万物にそういう接し方ができるから、そのように思えるのです。自分がやさしさに、愛に包まれているからこそ、すべてのものが生きていることを感じられるのです。
このようなことがわかれば、肥田式はすばらしい鍛錬法であるし、心を変えることのできるものなのです。
2008年2月26日 大阪支部 田代陽一
spb-0034 at 06:50|Permalink
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2008年01月18日
大阪支部鍛錬記 (2)
立派なお尻を考える
以前、先生から「お前さんのお尻は小さい、それじゃだめだね」と言われました。
たしかに、佐々木先生はキュッと上がった、いいお尻をしています。大きなお尻の人はスタミナがあると、聞いたことがあります。
では、何故、先生のお尻は立派か。
佐々木了雲著「幻の超人養成法 肥田式強健術」(BABジャパン 絶賛発売中)を読んでも、大殿筋錬修法にも、中殿筋錬修法にもございません。さては、公開していない幻のお尻の鍛錬があるのでは!!!
振ってみると、カランカランと音のする、小さい脳みそを絞って考えてみます。
お尻が大きいのは、お尻の筋肉が発達しているということです。つまり、その部分の筋肉が使えているからでしょう。逆に、私のようにお尻の小さい人は、お尻の筋肉が使えていないということになります。
お尻の筋肉が使えなければ、反接し、肥田式の基本であり、かつ奥義である腰腹同量力を生み出す腰は作り出せません。
お尻が小さい=お尻の筋肉が使えない=腰が使えない=腰腹同量力が生じない。ということになります。
簡易強健、斜腹筋で考えてみると、最初に、足を90度に開いて立ちます。なぜ、90度にしているか、一つには腰腹部を絞り上げるためにこの角度ではないかと思うのです。
足を90度に開いて親指を地面に捻りこむように立ちます。足の裏の部分には外に外向きのベクトルで広がろうとする力が生じ、お尻の部分には内向きのベクトルに力が生じ、横からキュット締める力が働いています。また、腰を反切しようとすると、お尻の上部に横に帯状に力がはいります。これらの力により、大殿筋、中殿筋が大きくなるのではないでしょうか。
佐々木先生は、上体に力なんかいらない、下半身が重要だとおっしゃいます。
たしかに、両足から伝わる力でお尻を絞り込み、また反接することで、腰腹部が「実にして実」になっておけば、上半身には力が入りにくいと思うのです。
上半身はもともと意識しやすく、力が入りやすいものです。緊張すれば、すぐに肩に力が入り、悪い動きになってしまいます。いかに下半身を意識し、「下脚は実に、上脚を虚に、腰腹部を実にして実に。」することにより、自然と上半身は「虚にして虚」になると思います。
「腰作り」は肥田式の基本ですので、大殿筋錬修法も中殿筋錬修法をするまでもなく、すべての動きのなかで自然と先生のような立派なお尻は完成していくと思います。
今回は自分がお尻を使えてないため反省の意味をこめて記述させていただきました。しかし、内容は、あくまでも私の推論のため、誤りがあれば皆さん教えてください。
ちなみに、肥田式の女性愛好者の方、大げさに書きましたが、男性の場合、筋肉の量が増えてお尻が大きくなるのですが、女性の場合は男性のように筋肉の量が増えませんので、脂肪がとれて、ヒップアップはしても、大きくはならないと思いますのでご安心ください。
2008年1月14日 大阪支部 田代陽一
師匠から参考として・・・
尻が魅力なのは、男女を問わず魅力的で健康的です。大体は、出っ尻であれば鳩胸で、呼吸筋も大きく使えていますから健康にはよろしいですね。
鳩胸出っ尻は封建社会では嫌われましたが、それは性を強調するので風紀が乱れる、ということからです。封建制では何ごとも穏便に階級に随いです。役所などは今でも同じでしょう。昔々は階級により普段の姿勢すら抑圧されているなどがありました。
ですから日本でも、明治以後の開放社会では鳩胸出っ尻を理想的体型とされ、強調されてもいます。
さて、女性の豊胸手術はあっても出っ尻手術がないのは、胸は支えの皮膚下が筋肉組織で、中身は脂肪層が主体ですので手術が出来るのです。中殿筋は二足での直立するため、大殿筋は二足歩行を主体となって行う筋肉ですから、出っ尻手術をすると筋繊維を切断することになり歩幅や姿勢に機能低下をおこします。
余談が長すぎましたが、お尻を発達させる方法は、強健術の「気合応用型」を主体に鍛錬することです。
足を固定しての簡易強健術型と異なり、「踏み込み」と「踏み付け」で足を叩きつける体系である気合応用は、足からの反動を腰でグッと押さえ込みますから、「中心姿勢」さえキッチリととれているのなら、自然に足腰の中心である尻は発達します。
腹は上半身から落ちてくる落下力を受け止めることと、気合の爆発の両立で鍛錬します。
下からの反動力が腰に、上からの落下力が腹に「腰腹の中間位置で上下の力がぶつかり腰腹同量力を形成」します。
私の強健術指導の主体が「気合応用型」なのは、「簡易強健術型」では『腰腹同量力』鍛錬に力不足だからですよ!
春充先生在世の時代でも、簡易型は女性や初心者が学ぶべき型でした。ですから正式な鍛練法では、姿勢や呼吸の要諦を掴んだら「気合応用型」を鍛錬の主体として行うことで、この鍛錬の目的である八大要件を形成するように出来るのです。
現在広く行われている鍛錬の主流が、初心者レベルの簡易強健術型になってしまったことが、強健術本来の真伝である「武道の精華たる気合」の本質を失墜してしてしまった原因でもあります。
気合応用型が鍛錬されなくなってきたことで、「正しい気合応用型」が残っているのは私のところだけだろうとおもいます。それは今まで武道雑誌やビデオ、写真などで紹介される指導者の方々の姿勢や動作、踏み込みや踏みつけの角度などのどれかに多々間違いが見受けられるからです。
気合応用型にも基本型と応用型がありますが、先ずは基本型で踏み込み、踏みつけの角度を正確に覚え、姿勢、動作、呼吸の要諦を健全にマスターし、気合を体得するように務めます。
その鍛錬をしていると、怪我ナシ、体力気力充実の病気無しで出っ尻に変身します。
まぁ、田代君の今後の鍛錬の参考に・・・!
2008年1月15日 了雲
spb-0034 at 11:26|Permalink
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2008年01月10日
大阪支部鍛錬記 (1)
新年あけましておめでとうございます
新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いしたします。
今年で、私の肥田式の鍛錬も3年目をむかえました(本当のことを言うと1年目は、笠置山合宿に参加して以来、日ごろの素行が悪かったせいか、なぜか足が向かず、お休みをしていましたので、実質はやっと2年目です)。
ちなみに、遅ればせながら自己紹介をさせていただくと、年齢は39歳、身長176cm、体重84kg、血液型AB型。瀬戸内の岡山の片田舎に住んでおります。二女の父です。世帯持ちですので、小使い銭の中から何とか費用を捻出し、肥田式をいつか極めてみたいという大胆なことを思いながら月一度、大阪に通っております。
大阪支部にも、愛媛県や福井県などから通われている方もおられます。地方在住の方々も是非、大阪支部の練習会に参加してください。楽しいですよ。
さて、昨年の私の鍛錬を振り返ってみますと、ただ、がむしゃらに動いていました。もともと性格がおおざっぱというか、失敗してみないとわからない性格ですので・・・。練習会のときも、とりあえず大きな声を出していました。
これも私の性格でしょうか、とりあえず自分の信じたやり方でやってみないと気がすまないところがございまして・・・。間違った動きでも自分の信じた動きをしておりました。しかし、体とは正直なもので、不自然な動きをすると、当然、不自然な動きの部分が、疲労や痛みとなって現れます。ここで、やっと佐々木先生にお伺いして、動きの修正を行いました。
誤解があるといけませんので、佐々木先生は、最初から失敗する前に、色々と細かく指導し、また質問に答えてくださいますので念のため。
私の例でいうと、一昨年の11月から本格的に鍛錬を開始し、年を越えたあたりから肩関節のあたりが痛くて、簡易強健の斜腹筋ができなくなりました。
これには、理由が二つありました。
両腕を前方に下ろす時に、一つは、肩の周りの筋肉を力んで硬直させたままで動いていたこと。二つ目は、重力を使うのではなく、肩の力で下ろそうとしていたことです。
佐々木先生に相談したところ、両腕を上方に伸ばしたあと、前方に下ろすとき、両腕を肩甲骨ごとフワッと持ち上げ、そこから両腕を投げ出すように下ろしてゆけばいいと教えてくださいました。こうすると、肩が疲労をおこさず両腕を下ろすことができます。
しかし、私の行っていたことがあながち間違いかというと、そうとばかりは言えないのではと個人的には思うのです。
ある程度、間違った動きでも繰り返すことにより、この動きはダメなんだと体で認識できる。また、修正した動きの良さが体でわかる。これは、とりあえず動いてみなければわからないと思うのですが・・・。
反面教師という言葉がありますので、恥を覚悟で、今年は自分の鍛錬状況も書いていこうと思います。
昨年の最後の練習会で、佐々木先生が、肥田式を長く続ければ続ける程、健康面、精神面、様々なことで恩恵を感じられるとおっしゃられていました。
とりあえず今年1年、みなさん、いっしょに鍛錬していきましょう。
2008年1月4日 大阪支部 田代陽一
spb-0034 at 12:14|Permalink
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2007年12月25日
大阪支部鍛錬記
平成19年も終わりです、肥田式も総復習しましょう (3)
人は生きている間は、エントロピーが増大してくる。つまり、エネルギーが拡散して死にいたる方向に向かっています。この拡散に対して、負のエントロピー、つまり、エネルギーを凝縮するために物を食べたり、呼吸したりしています。
ここで、大切なことは何でしょう。
それは、成長ホルモンの分泌です。
人間は、生涯にわたって成長ホルモンを出し続ける人が魅力的だということです。
このような人は、顔の表情も言葉も、若々しく、生き生きとしています。話すことはいつも同じで、自分のことはだらしなくて、人のことは厳しくて、そんな人に人間としてのどんな魅力があるでしょう。
肥田式の鍛錬は、この成長ホルモンの分泌を促します。
最近、自分に厳しくて、人にはやさしい、そんな人がいなくなりました。それは何故か。
これは、自分を見ることをしなくなったからです。この自分を見つめるということは、訓練しないと無理です。
本来の武道の目的は、自分を知るということです。
ほんとに、強い人間というのは、自らを知っている人間です。敵なんかはどうでもいいのです。それは、全部、自分というフィルターを通して見ているからです。自分が敵にすれば敵で、味方にすれば味方です。この世の存在は、対象を自分がどう見ているかだけです。 自分の確立があれば、何事も恐れることはありません。
肥田式の鍛錬により、このような自己観察が可能となるのです。
成長ホルモンの話にもどります。
脳下垂体前葉から甲状腺、胸腺や副腎や性腺を刺激する刺激ホルモン。これを全体で成長ホルモンと言います。この中で、一番大切なのが、副腎、髄質、皮質ホルモン。ステロイドホルモンです。
現在、アスリートがステロイドホルモン剤を投与し、男性は女性的に変化して、女性は凶暴化しています。また、これが、ガンの原因になったり、カルシウムが分解され、骨がスカスカになるということもおきています。
しかし、自分の体で生み出す成長ホルモンは、いくら使用しても副作用の害はありません。副腎ホルモンは、免疫機能もあるため病気を治す力もあります。予防医学的にも大変、重要なものです。副腎ホルモンは、25歳をピークに80歳で95パーセントも少なくなります。だから、年をとると免疫力が無いから病気が治せないのです。
肥田先生は、肥田式の鍛錬により、年をとっても若いときと同じくらい副腎ホルモンが出せる、これに気付いたのです。肥田式の極めの時、瞳孔の不睨で仁王の顔のように最高に緊張した顔になりますが、これが、成長ホルモンの分泌を即すのです。
肥田式の鍛錬は、生涯行える、上達するごとに、そのすごさが解る鍛錬です。
佐々木先生の言葉です。
「私は幼少の頃より、武道を習っていました。武道では上達するほど、隙が無い動きをするため、大きな動きをしません。だから、運動という観点から見ると、成長という観点から見ると好ましくありません。
新陳代謝を活発にするには、最大酸素摂取量を上げる大きな動きがひつようです。私は肥田式を31歳からは始めましたが、道夫先生に、君は動きが小さいねと言われました。最初、何を言っているのか解りませんでした。武道の癖が抜けないため、小さな隙の無い動きが、いい動きだと思っていたからです。
肥田式強健術では、これは逆で、上達するごとに動きが大きくなります。私は、今に至ったほうが大きな動きになっています。動きが大きくなり、呼吸も大きくなる。これが若さをうみだすのです。
自分の感性にあわせ、大きなのびのびとした動きをするのです。これらのことを参考に、この鍛錬を見直してください」。
これで今年の大阪支部鍛錬記を終わります。
私事ですが、今年、特に『春日大社演武』以来、心身ともに充実した日々を送ることができました。私にとって、肥田式強健術と佐々木先生、そして一緒に練習してくださる仲間は財産であると思います。来年は、ますます多くの仲間と、この鍛錬を通し、自らを磨き、時代を超えて、後世に残る肥田式強健術のリレー走者の一人となっていきたいと思っております。
2007年12月22日 大阪支部 田代陽一
spb-0034 at 11:51|Permalink
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聖中心道肥田式強健術 免許皆伝者 佐々木了雲

(ささきりょううん)
昭和22年8月生
「丹田研究所」主宰
聖中心道肥田式強健術・天真療法伝承師範。道統二代目継承者肥田道夫先生より唯一人全伝終了を証明する認可状と大看板を1991年に拝受。
最新刊『肥田式強健術』(BAB出版刊)と、基本習得ビデオ/DVD全7巻シリーズ(各45分)を主演にて完成。その他、丹田関連の著作多数あり。奉納・公開演武も全国的に展開している。
講座のお問い合わせ・お申し込みは事務局までお寄せください



